“プレ『家政婦』”としての『誘拐』?

そのほか『誘拐』について気づいたことを箇条書きしておく。
○泉谷の末弟役で色白のやせた父っちゃん坊や風の男(土俗的・野性的な泉谷とは対照的)が出てくるのだが、誰かと思えば風間杜夫だった。若い! このドラマの中で風間は、テレビやラジオなどで放送された犯人の脅迫電話を聞いて、「これ、兄貴の声だろう!」と泉谷を厳しく問い詰めるのだが、それを見てふと、彼がこの数年後、『熱海殺人事件』で犯人を問い詰め、ありもしない事実をでっち上げていく刑事を演じるということを思い出した。そういえば森達也がその短編(オムニバス映画『最も危険な刑事まつり』の中の一編『アングラ刑事』)でいみじくも指摘していたように、『熱海殺人事件』もまた「理由なき殺人」の台頭によって過去のものにされてしまったドラマではなかったか。
市原悦子はいまではすっかり『家政婦は見た!』シリーズ(83年〜)が代表作となってしまったが、このドラマで演じた犯人の情婦など、わけありの女もかなり演じているのだ(この数年前に公開された映画『青春の殺人者』では息子に殺される役だったし)*1。その演技もそうとうに生々しい。ちなみに『誘拐』の脚本は、のちに『家政婦』シリーズを手がけることになる柴英三郎である。ひょっとして彼が市原を見初めたのはこの時だったのか?
○このドラマの主要な舞台はオリンピックを翌年に控えた東京だが、それから16年後の東京でもまだかろうじて違和感なく当時を再現することができたのだという事実に気づき、少し驚いてしまった。逆にいえば、高度成長期と70年代末はまだ地続きだったということか。もちろんバブルを経た現在の東京では、もはやあの時代を再現するにはセットを組むなどしないことには無理だろうが。
○重苦しい中にも、ちょっとしたスタッフの遊び心も発見。泉谷が借金に追われて都内をうろうろしている最中に、ふと黒澤映画『天国と地獄』のポスターに目をやるのだ。そう、あれもまた誘拐を描いた作品だった。しかも封切りは吉展ちゃん事件の起きた1963年である。

*1:でも同時期には『まんが日本昔ばなし』の声優もやっているわけで、その演技の幅の広さには改めて驚かされる。