夏目宝石は夏目漱石になれたのか?

週刊朝日』の「山藤章二の似顔絵塾」を見てたら(ぼくはこの連載を毎週コンビニで立ち読みしている)、ビートたけし夏目漱石の扮装をさせた似顔絵があって、これに対して塾長の山藤が「たけしに漱石のイメージを見出したところに感心した云々」みたいなコメントを寄せていたのだが、ぼくがその絵を見て真っ先に思い出したのは『ビートたけしの学問ノススメ』という、ちょうどいまから20年前に放映された連続ドラマだった。というか、おそらくこの絵を描いた人もあのドラマを意識して描いたのだと思うんだけど、山藤先生はそういうドラマがあったことを忘れてしまったのかな?
ネットで検索してみると、このドラマについては全話のストーリーを紹介したページがあった。
http://touhei.hp.infoseek.co.jp/tv/gakumonno_susume/
ああ、小学2年だった本放送時にも再放送(中学か高校のころかな)を見てた時にもまったく気がつかなかったのだが、久世光彦が演出してたのか。たけし=夏目宝石の兄・胆石をイッセー尾形が演じていたこと*1や生徒役で渡辺えり子(当時29歳で中学生役というのが笑えます。ドラマ終盤では脚本も手がけていたのね)が出ていたというのは覚えていたものの、母親役が木内みどりだったってのは知らなかった。思えば『寺内貫太郎一家』で30歳そこそこでおばあちゃん役を演じた樹木希林(当時は悠木千帆か)といい、久世ドラマには俳優が実年齢と大きくかけ離れた年代の役を演じるというのが目立つ。いまこういうことをやってるドラマってほとんどないよなあ、と変なところで感心してしまう。
ところでこのドラマが放映された直後の1984年11月には福沢諭吉夏目漱石の肖像が入った新紙幣が登場している。ようするにこのドラマのタイトルや登場人物の名前はそれに合わせたものなのだが(ドラマ中、たけし演じる宝石の実家に夏目漱石の写真が掲げられていたのが子供心にやけに印象に残っている)、主演のビートたけしが文化人として扱われ出したのもちょうどこの時期だったのではないか。たとえば直木賞を狙うと宣言して小説を書き始めたのも、前年の『戦場のメリークリスマス』出演を機に映画を撮ることを彼が本気で考え出したのもおそらくこのころだろう。それに加えて、当時反核をめぐって埴谷雄高吉本隆明が展開していた論争について、たけしが『朝日ジャーナル』誌上から「吉本、バカになれ!」とエールを飛ばしたのもちょうどこの年のことである。そういえば昨年出た竹内洋の『教養主義の没落』(中公新書)は、60年代以来の知性の内乱・教養主義への反乱はビートたけしが最終的に完結させたのではないかと、このできごとを象徴的にとりあげていた。そんな反教養主義の旗手、あるいは新たなオピニオンリーダーとしてまつりあげられようとしていたたけしを、ダメ教師役に抜擢したこのドラマのスタッフ(というかおそらく久世光彦ではないか)というのは目ざとかったなーといまさらながらに思う。
それにしても三億円事件の時効成立直前に放映された『悪魔のようなあいつ』といい、久世作品には結構こういうタイムリーな企画が多い(『悪魔のような〜』は主題歌の「時の過ぎゆくままに」がヒットしただけでちっとも視聴率がとれなかったらしいけど)。しかし『悪魔のようなあいつ』のように現実の事件を題材にして奔放に想像力を膨らませたドラマっていまないよなあ。事件を題材にしても関係者に配慮しすぎてどれもこれも全然つまらないものになっちゃってるというか。そろそろグリコ・森永事件あたりを勝手に解釈してドラマをつくったら面白いと思うんだけど。もちろん犯人は宮崎学親分だったというお話でね。ジャンジャン。

*1:優秀な二人の兄を持つダメな末っ子という設定は、実際のたけしとダブって面白い。