Culture Vulture

ライター・近藤正高のブログ

冬のリラ冷え

冬のリヴィエラ」の「リヴィエラ」って何だろう? 「リラ冷え」みたいなもん?(語感が似てるだけだっつーの)と長年疑問を抱いていたのだが、ネットで調べたらあっけなく氷解。イタリアにそういう名前の海岸があるのだ(参照)。
あの歌からは冷え冷えとしたイメージを抱いていたのだけれども、地中海沿岸の保養地ということは結構暖かいのだろう。日本でいうと、熱海とか、そんなもんか?
ところで、ぼくにはいま一つこの歌で気になることがあって、それは、「彼女あいつによろしく伝えてくれよ/今ならホテルで寝ているはずさ/泣いたら窓辺のラジオをつけて/陽気な唄でも聞かせてやれよ」という一番の歌詞で、果たして歌の主人公である男は一体誰に向かって話し(歌い)かけているのか、ということだ。あきらかにこの主人公は、自分が立ち去ったあとの彼女のことを誰かに託している。果たしてその相手とは、主人公とはどんな関係にある人物なのだろう? 彼女をめぐって三角関係にあった友人というふうにも考えられるかもしれない。とにかくどんな関係であれ、松本隆が作詞したこの歌からは主人公と彼女と、もう一人、第三者たる人物の存在を読み取ることができる。そこでぼくが思い出すのは、松本隆がかつてビートルズについて次のような解釈をしていたことだ。

ビートルズについてはぼくなりの解釈があって、つまりプレスリーまではアイとユーしかないんですよ。アイ・ラブ・ユーしかないんです。ぼくと君だけの関係。ところがビートルズは、初めて「シー・ラブズ・ユー」であり、「アンド・アイ・ラブ・ハー」が出てきたわけですね。(略)ビートルズは最初から屈折しているんです。そういう意味で。第三者が入るということは、そこに社会が隙間が入ってきちゃうわけですよね。「シー・ラブズ・ユー」なんて詞を読んでいくと、要するにおせっかいな歌なんですね。そういうものが世界を席巻しちゃった。
 ―筑紫哲也との対談での松本隆の発言(『若者たちの神々Ⅲ』新潮文庫、1987年。初出は1984年)

冬のリヴィエラ」における第三者の登場も、まさにビートルズの“屈折”からの影響だろう。その意味において、この曲はビートルズ世代によるおそらく初めての演歌だと言えるのではないか。
なお、この曲を作曲したのは、松本とははっぴいえんど時代以来ことあるごとにタッグを組んできた大瀧詠一である。同曲を収録したCD『EIICHI OHTAKI SONGBOOK 2』(ビクター、ASIN:B00005GX2D)のライナーノーツで、大瀧は松本が発表当時に新聞のコラムで「年齢的に、予想より早く〈演歌〉を書いてしまった」と記していたことを紹介している。
ついでにいえば、松本・大瀧コンビがそんなふうに初めて「演歌」を手がけた1982年には、演歌からはもっとも遠い存在であるはずの坂本龍一までもが糸井重里矢野顕子らとともに前川清のアルバム『KIYOSHI』(BMGジャパンから発売。現在はポニーキャニオン盤、ASIN:B00005FPU9だ)に参加し、収録曲「雪列車」(糸井重里作詞)で小ヒットを飛ばしている。ようするにこの時期は、演歌がどうにか延命を図ろうと、異分野から新しい血を求めていた時期なのではないだろうか*1。ただ、そうした試みが本当に演歌の延命につながったのかどうかといえば、はなはだ心許ないが。

*1:ま、そうした試みはすでに70年代からあったわけで、その代表例としては、作曲を吉田拓郎が手がけた森進一の「襟裳岬」や、ニューミュージックからの影響が強いといわれた都はるみの「北の宿から」などがあげられる。