自分も不器用な物書きですから

上で引用した草森紳一の文章を思い出したのは、今度出る『ウラBUBKA』の書評でその著作の一つ『円の冒険』(晶文社、1977年。ISBN:4794936435)を紹介して、何年かぶりに自分の中でちょっとした草森ブームが起きているからだ。
そもそもぼくが草森氏に興味を抱いたのは、太田出版在籍中に竹熊健太郎氏の著書『私とハルマゲドン』の制作進行を担当した際、竹熊氏と大泉実成氏との対談に立ち会う機会があり、そこで竹熊氏が草森氏の全4巻にわたる大著『絶対の宣伝 ナチスプロパガンダ』(番町書房)をとりあげていたことがきっかけになっている(それ以前からその名前は『広告批評』などの連載で知ってはいたのだが、さほど興味はなかった)。またちょうどタイミングよく、このころ会社の近所に写真集など古書の販売も扱ったギャラリーを見つけ*1、そこで結構草森氏の著書が売られていたのである。『狼藉集』もここで買ったものだ。60〜70年代前半の草森氏の短い文章ばかり105編を集めたこの小さな本は、まだ20代の駆け出しのグラフィックデザイナーだった羽良多平吉氏がブックデザインを手がけていて(裏見返しでは羽良多氏が虎のイラストまで描いている)、巻末には著者近影と並び、羽良多氏の写真も掲載されているのが珍しい。思えば、ぼくはこの当時『Quick Japan』のカバーデザインを手がけていた羽良多氏の仕事場にしょっちゅう出入りしており、たぶんそれもあってこの本を購入したのだと思う。
それ以後も、草森氏の著作は古本屋で見つけるたびに買い求めていて、かつて竹熊氏に教えられた『絶対の宣伝』も数年前にネットを通じてとある古本屋で全巻揃いを見つけ、数万円もの大枚をはたいて買ってしまった(当時はまだ結構仕事があってぼくも羽振りがよかったのですよ)。
それにしても一体なぜぼくは草森紳一に惹かれるのだろう? 今回、『円の冒険』を読んでいておぼろげながらもわかったのは、一見何の関係もなさそうな様々なことがらが次々と結びつけられていくその芸にこそ自分は惹かれるのではないかということだ。そこでいま一人思い出されるのは、平岡正明という“文章芸人”である。彼もまた一本の文章の中で様々なことがらを次から次へと繰り出し、それを独特の思考法で見事に結びつけてしまう名人だ。ただ、平岡の文章が大風呂敷を広げながらまくしたてられる香具師の言葉に近いものを感じさせるのに対して、草森の文章には、ポケットの中をまさぐりながら一つずつ物を取り出していくように、あっちこっちへと逡巡しつつも最後は一つの結論へとたどり着くという印象を抱く。ぼくとしては平岡ももちろん好きなのだけれども、どちらに自分と近しいものを感じるかといえば、やはり草森のほうだ。
草森への共感といえば、先述の『狼藉集』のあとがきとして書かれた「魚座の弁解」という文章を今回改めて読んでみたところ、物書きとして強い共感を覚えた。そこにはおおよそ次のようなことが書かれていた。彼はある編集者から「あなたは、ゴミ箱のような人だ」と非難めいた言葉を吐かれたのに、それを逆に褒め言葉として受け取って、自分がゴミ箱のように、専門分野を持つことなく興味の幅をどんどん広げていく人間であり、本書もまさにその産物であることを認める。だが、それでも彼は次のように付け加えることを忘れない。

私は、専門を多岐にこなしているのではなく、たかが文章にのみこだわっているのにすぎないのであり、かたわらレーサーもやり画家でもあり国会議員もやりピアニストでもあるわけではない。
(略)
なによりも、私は文章しか書いていないのであり、なにを書こうと、すべては「私」に収斂されているのであり、不器用といえば、これほど不器用はないのであり、専門の専門にしがみついている人間のほうが、よっぽど器用に見える。どこまでラッキョの顔を剥げば気がすむのだろう。

専門分野と呼べるようなものを持たず、かといって「何でも書けます!」と胸を張って言えるほどの自信もないぼくには実に身にしみる一節である。所詮はぼくも「たかが文章にのみこだわっているのにすぎない」「不器用」な物書きなのだ。それでもぼくの進むべき道は、何か専門分野を持つのではなく、草森氏や平岡氏のように様々な事柄を一つの文章の中で結びつけてしまう芸を何とかして身につけていくことなのだと、思いを新たにするきょうこのごろである。
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そういえば、きょう神保町の東京堂書店を覗いたら、新刊として『荷風永代橋』(青土社ISBN:4791761618)という草森紳一の分厚い本が平積みになっていた。別にこの刊行に合わせて書評で草森氏の旧作を紹介したわけではないのだが(『Quick Japan』で最近草森氏が連載をしているのは知っていたけれども)、何だか奇妙な縁を感じる。
ちなみに今回書評でとりあげた新刊は、吉永嘉明『自殺されちゃった僕』(飛鳥新社ISBN:4870316382)、森達也いのちの食べかた』(理論社ISBN:465207803X)、光クラブ編『架空世界の悪党図鑑』(講談社ISBN:4062126567)の三冊。

*1:ちょっと調べてみたところ、ここはMoleというギャラリーで2001年に閉鎖されたようだ