陰謀説は事実なのか?

ロッキード事件での田中角栄の逮捕からきょうで29年が経つ。
ロッキード事件田中角栄といえば、今月よりアスコムから刊行の始まった「田原総一朗自選集」というシリーズ(http://www.ascom-inc.jp/tawara.html)に、これまでどの単行本にも収録されていなかった(はずの)田原の論文「アメリカの虎の尾を踏んだ田中角栄」が収録されるという(9月配本予定の第4巻『メディアと権力のカラクリ』)。田中の逮捕直前に、『中央公論』1976年6月号に発表されたこの論文は、いわゆる「角栄失脚アメリカ陰謀説」の端緒となったといわれるものである。ようするに、田中が首相辞任に追い込まれたり、ロッキード事件で渦中の人となったのは、彼が首相在任中に行なった、エネルギー問題の解決のための中東や東南アジア、ソ連など各国に対する独自外交が、アメリカの逆鱗に触れたためだ……というのがこの陰謀説のあらましであり、いまだに政治家たちのあいだでも根強く信じられているようだ。
しかし、最近になって徳本栄一郎というジャーナリストが、『角栄失脚 歪められた真実』(光文社ペーパーバックス)という本でこの説に対する反証を大々的に展開していて(徳本は先月発売の『月刊現代』7月号でも同様の主旨の記事を発表している)、これがなかなか面白かった。この本については、『ウラBUBKA』の4月号にレビューを書いているので、参考までに転載しておく。

角栄失脚 歪められた真実』徳本栄一郎・著

日本政界に根強く残るトラウマへの処方箋
 1976年2月、米国の航空機会社・ロッキード社が自社の航空機の売り込みのため、日本の政治家らに多額の賄賂を贈っていたことが米上院の公聴会で発覚した。これがいわゆるロッキード事件の発端となり、5ヶ月後には前首相の田中角栄が逮捕されるという事態にまで発展した。この事件については、米国が田中を失脚させるために仕組んだ陰謀だとする説が存在する。一説によれば、田中が首相時代に独自の資源外交を展開したことが、国際石油資本(オイル・メジャー)を擁する米国の逆鱗に触れたというのだ。
 このちょっとセンセーショナルな題名からは、そうした陰謀説を補強するための本ではないかとつい勘違いしてしまうが、実は全く逆で、本書の目的は、米国での事件前後の内部文書や、当事者たちへの取材などから徹底した再検証を行ない、陰謀説を覆すことにこそある。そもそもこの陰謀説が広まったのは、田中の逮捕直前に田原総一朗が雑誌に発表した論文がきっかけになっている。著者はこの論文を時代状況を的確に読んだものとして評価する一方で、客観的な証拠に欠け、むしろ初めから結論をつくり、それに合う材料を組み合わせた印象すら受けると批判する。まあこうした方法は、いかにも元TVディレクターの田原らしいし、現在の彼のTVでの強引ともとれる切り回し方を思えば、その片鱗は当時すでに現われていたと言える。
 だがこのような陰謀説が、いまだに政界では強く信じられていると知るとやや不安になる。イラクへの自衛隊派遣など政府の米国への闇雲な追従ぶりには批判が集まっているが、それも元はといえば田中失脚がトラウマとなっているようだ。本書がそんなトラウマに対する良き処方箋になるといいのだが。

著者は元ロイター通信記者のジャーナリスト。本書をラインナップに含む光文社ペーパーバックスは、カバーもなく、全頁横組と、日本の出版界の常識を打ち破る形式を採用しているが、単語や文にことあるごとに英語での表記が付いてくるのはやや読みにくい気もする。1000円(税込)