『の・ようなもの』の感想、のようなもの。

未明にテレビ東京で放送された森田芳光の劇場映画デビュー作『の・ようなもの』(1981年)を観る。実は、先月だったか、テレビで蛯原友里や押切もえに迫ったドキュメンタリー(3月6日放映の日本テレビアンテナ22』)を見ていた際、唐突にも「いま森田芳光の『の・ようなもの』をリメイクするとしたら、秋吉久美子の役は押切もえが適役なんじゃないか」なんてことを思って以来、わが脳内では押切もえ出演のリメイク版『の・ようなもの』が1ヶ月以上にわたってロードショーが続いていたのである。そんなこともあって、今回の放送はうれしかった*1
初めてこの映画を観てから、もうかれこれ10年ぐらい経つだろうか*2。初めて観たときもおそらく同じような感想をもったのだが、この映画は話そのものよりも、全編にわたってちりばめられた細かいネタのほうが面白い。当時の森田芳光が、手持ちの駒をとにかく全部ぶちまけたという感じがする(まあ、デビュー作というのはどんな作家でもみんなそうなんだろうけど)。そもそも落語家の二つ目を主人公にしたというのは、森田自身が日芸在学中に落語研究会に所属していたという事実に求めることができるわけで(ちなみに落研の先輩には高田文夫がいたんだよね)。

そのほか、気づいたことを箇条書き。

  • 女子高の落語研究会に所属する女の子たちが団地内の有線テレビに出演するシーンで、バックになぜか脈絡もなくインベーダーゲームの音がかぶせられていた。
  • 主人公・志ん魚(しんとと)の弟弟子・志ん菜が部屋で姉と横に並んで(しかもなぜか立っている)サラダを食べている場面は、後年の『家族ゲーム』(1983年)の有名な家族が横一列で食事をとっている場面の原型だろうか?
  • トルコ嬢・エリザベス役の秋吉久美子が歯ブラシをすすぐワンカット。そのすぐあとのカットで鏡越しに映るYMOの『BGM』(1981年)のジャケットとイメージが重ね合わせられる。ほかにも、踊りの稽古が終わったあと、志ん魚からこれからどうするんだと訊かれた志ん菜が、「秋葉原クラフトワークのレコードを買いに行きます」と答えていたり、当時のテクノポップブームを反映した場面がちらほら。
  • オカマ役のコサキン(当時はコサラビか)ははっきりいっておすぎとピーコの物真似だよなあ。
  • エリザベスの友人役で出演している若き日の室井滋(なぜかエンドロールにはクレジットが見つからなかった*3)のセリフまわしが桃井かおりそっくりだったのには思わず笑ってしまった。
  • 出演者にやたらとしろうとが目立つ。女子高生も団地の人たちもほとんどはエキストラだろうし、あまり映画では見かけない、落語家の三遊亭楽太郎入船亭扇橋、漫才師の内海桂子・好江などもしろうととしてカウントするなら、この映画において役者らしい役者はほんの少数だ。そもそも主演の伊藤克信からして、この当時はまだ大学を出たばかりでズブのしろうとだったわけだし。ちなみに、この役はもともと野田秀樹にオファーがあったものの、野田のスケジュールが合わず実現しなかったという*4

さらに重要な点として、団地内の有線テレビという題材が作中で効果的に使われているのが、この時代のメディア状況をうまく反映しているように感じられた。その意味では、森田と同世代の映画監督の大森一樹が、やはり劇場デビュー作の『オレンジロード急行』(1978年)で、海賊放送(無免許のFM放送)を題材に扱っていたのと通底するところがあると思う。
インターネットの普及した現在からしてみれば、有線テレビも海賊放送もごく限られたエリアを対象にしたものであり、どうしたって魅力は色あせて見える。だが、当時の人々にとっては大きな可能性を感じさせるに十分なツールだったはずだ。森田や大森のように自主映画から出発した作家たちが、こうしたミニメディアに共感をおぼえ、自らの作品にとりあげたであろうことは、想像にかたくない*5。また、両者のデビュー作がともに「青春の終わり」を描いているにもかかわらず、観る者に対して気持ちいいまでに開放感を与えているのは、やはりミニメディアという題材に負うところが大きいのではないだろうか。思えば、この手の開放感を、近年の日本映画から感じることはほとんどない。インターネットをとりあげた映画、たとえば『インストール』とか『電車男』もちょっと違うような気がする。

*1:今回の放送は、新作『間宮兄弟』の公開に合わせてのものだったようで、本編放映の前に森田芳光がチラッと前口上を述べていたのだが、しばらく見ないうちに老けたなあ……。

*2:とはいえ今回放送されたのは、オリジナルより10分ほどカットされてるようだが。当然ながら「トルコ(風呂)」というセリフも削られていた。

*3:goo映画での作品紹介では、ちゃんとキャスト一覧に室井滋の名前が出ているのだが。

*4:このあいだ、古本屋で買った『美談』という野田秀樹の対談集(東京書籍)で、野田と森田芳光の対談を読んでいたらそんな話が出てきた。

*5:こうした森田の新しいメディアの関心は、後年の、パソコン通信を扱った『ハル』などにもあらわれているといえるだろう。