グラフィックデザイナーの木村恒久氏が昨年12月27日に死去していたとの報(共同通信1月6日配信の記事)。ちょうどその少し前ぐらいに、「ほぼ日刊イトイ新聞」の糸井重里氏による巻頭言(「今日のダーリン」2008年12月12日付)で木村氏のエピソードが紹介されていて、自分の日記にコピペしていたのを思い出しました。現在は読めないようなので以下に引用しておきます。
・30年近く前に、木村恒久さんが、
ほんとに世間話のように語ったことが、
いまごろになって、さらにリアルに感じられます。
あ、木村恒久さんというのは、
赤瀬川原平さんなどと並んで、
南伸坊さんたちの先生にあたるような方です。
例えば、木村恒久さんは、言いました。
「室内が屋外化して、屋外が室内化してるんです」
外にあったはずのポスターが室内に貼られ、
室内で聴いていたはずの音楽が、
携帯されてヘッドホンで聴かれるようになっている、と。
木村さんが見通した現象は、
らせんを描きながら、さらに進化しましたよね。
家の電話はケイタイとして外にでた。
家のなかにあった冷蔵庫は、いったん外に出て、
コンビニの店内に「おれんちの一部」として移動した。
外部だったはずの映画館は、サイズを小規模にして
大型壁掛け画面のモニターとして家庭に入った。
外は内へ、内は外へと入れ替わってきたわけです。
考えはじめたら、いくらでも応用できるでしょう。
・木村恒久さんは、コンピュータグラフィックス以前に、
フォトモンタージュという手法で、
世の中を驚かせていたアーチストなのですが。
木村さんの作品のまねが世の中に目立ったとき、
平然と「イメージは公共のものですから」と
言い放ったというような人です。
・あるとき、鬼才と呼ばれる木村恒久さんと、
これまたデザイン界の大御所の亀倉雄策さんと
食事をいっしょにしたことがあったのですが、
鋭い文明評論を夢中になって語る木村さんに対して、
亀倉さんは、言ったのでした。
「木村君、しゃべってばかりいないで、
ちゃんとめしを食えよ。
そういうところが、よくないんだ、君は」
若いぼくは「どっちも、いいなぁ」と思いましたっけ。
引用したうち、ぼくがいちばん気に入ったのは最後のエピソードですね。もちろん最初の、木村氏の先見性が垣間見えるエピソードもいいですけど。
先見性といえば、木村氏にはいまは亡きニューヨークのWTCに大型客船が衝突するという有名なフォトモンタージュ作品があるのですが、これが1973年に来日したジャン・ボードリヤールの講演から着想を得たものだったそうで(この事実は、1982年にJICC出版局から刊行された『シミュレーションの時代――ボードリヤール日本で語る』のなかで、木村氏自身がボードリヤールを前に明かしています)。ちなみに、ボードリヤールがWTCに言及した著書『象徴交換と死』を刊行したのが1976年で、邦訳が出たのはそれからさらに6年後のことです*1。WTCが21世紀になって実際に崩壊してしまうことをはからずして予見してしまったのももちろんすごいとは思うのですけれども、ぼくはむしろ、まだ日本では邦訳も出ていなかったフランスの新進思想家の言説に誰よりも早くビビッドに反応し、リアクションを起こしたということのほうに驚いてしまいます。「1を聞いて10を知る」ではないけれども、そういう感度の高さがこの人には備わっていたのでしょう。
上記の作品にかぎらず、そのフォトモンタージュのどれもが文明論的なものを感じさせます。その後大量に登場したという「木村さんの作品のまね」と、木村氏自身の作品とを画すのはその点に尽きるのではないでしょうか。一部には、竹熊健太郎氏がブログで指摘しているように、『AKIRA』の大友克洋など「まね」を通り越して自家薬籠中のものにしてしまった(と思われる)人もいるみたいですけど。
そういえば、いま放映されている「CR加山雄三」のCM(こちらで見られます)で、現在の加山と若大将時代の加山が“共演”しているのがありますが、ぼくはあれを初めて見たとき、木村氏の作品集『キムラカメラ』(1979年に刊行されたパルコ出版版。2006年にパロル舎から刊行された作品集『ザ・キムラカメラ』とは中身はまったく異なります)に収録された、40歳前後の加山雄三が若き日の上原謙(加山さんのお父さんですね)の肩に手を置いているという作品をふと思い出しました。
そもそも写真にせよ映画やビデオにせよ映像メディアには、本来不可逆的なものである時間を平気でさかのぼらせてしまう機能が内包されているわけですが、そういった映像の持つ奇妙さみたいなものをぼくらに提示し、なおかつ楽しませてくれたのが木村恒久の一連のフォトモンタージュだったのではないか……訃報に接してあらためてそんなことを思ったしだいです。合掌。
*1:『象徴交換と死』でボードリヤールがWTCについて言及した箇所は、浅田彰「世界貿易センターへのレクイエム」で要約されているので参照のほど。