手塚治虫没後20年

 ということで、ちょうど昨年のいまごろ撮った埼玉県飯能市の「鉄腕アトム像」の写真を。
鉄腕アトム像(埼玉県飯能市)
 手塚治虫に関しては昨年11月に生誕80年を迎えたのを記念して、江戸東京博物館で「手塚治虫アカデミー」というシンポジウムが開催されている*1。2日間・3部構成で組まれたプログラムのうち、僕は第1部「手塚エンターテインメント」と第2部「アトムの時代〜SFか科学か」を聴講したのだが、それに触発されてこの直後、手塚マンガでまだ読んでいなかった作品をいくつかまとめて読んでみた。
 そのうちの一冊は『罪と罰』である。これはもちろん、ドストエフスキーの同名の長編小説のマンガ化なわけだけれども、読んで思ったのが、初期手塚作品に多く見られる見開きページを使ったモブシーンは、ドストエフスキー作品のポリフォニー的性格を表現するのにこれ以上ないほどの効果をもたらしているなー、ということだった。手塚版『罪と罰』は1953年の作品だが、当時、バフチンのドフトエフスキー論などは日本に紹介されていたのだろうか?
 ちなみに、このマンガについては、先述のシンポジウム第1部でも呉智英がこんな発言をしていた。

 ドストエフスキーの『罪と罰』をマンガ化しましたが、ドストエフスキーが書いた『罪と罰』とはまた違う解釈で、すごくいい作品になっているんです。原作にも手塚さんのほうにも出てきます「マルメラードフ」という脇役がいるんですけれども、これはお人好しで、すぐ調子に乗って失敗して、人に騙されてしまう人物です。ずいぶん後になって、20年ぐらい前から「ドストエフスキーの作品の人名・地名などには、ダブルミーニングと言うか、意味が全部かけられている」と、ロシア文学研究者が言っているんです。「マルメラードフ」は、ロシア語でマーマレードという意味です。つまり「甘いけどほろ苦い」という意味がかけられているんです。だから、甘っちょろいヤツだからすぐ人に騙されて、ほろ苦いことになるんだというのが「マルメラードフ」という名前なんです。これを手塚さんは、その研究が出る前ですから直感だろうと思うんですけれども、マルメラードフが「マルメラードフです。あたしは丸められどおしですから」と自己紹介して言っているんです。直感的にそんなところまで分かっているほど、作品を読み込んでいるというのは、これはすごいことだと思っています。

 http://www.bh-project.jp/static/jpn/image/event/film_photograph/report01_2.pdf

 惜しむらくは、手塚先生がドフトエフスキー作品をマンガ化したのは『罪と罰』だけだったということである。ゲーテの『ファウスト』を生涯に3度もマンガ化したように(『ファウスト』『百物語』『ネオ・ファウスト』の3作)、できることならドフトエフスキー作品にも何度も挑戦してほしかった。
 『罪と罰』と同じ時期には『アラバスター』も初めて読んでいる。手塚先生自ら語っていたとおりまったく救いのない話だったけれども、主人公アラバスターとヒロインの亜美の関係がそのまま、のちに同じ『少年チャンピオン』で連載される『ブラック・ジャック』のBJとピノコの関係にスライドしていること(ついでにいえば、物語冒頭に出てくる崖の上の家まで、BJの家にそっくり)に気がついたのは、ちょっとした収穫だった。

*1:その開催レポートは、こちらのサイトの下のほうにPDF形式でUPされている。なお「手塚治虫アカデミー」は今年4月にも、江戸東京博物館での手塚治虫展にあわせて第2期が行なわれる予定だとか。