Culture Vulture

ライター・近藤正高のブログ

高気圧がある。――眞木準と全日空の沖縄キャンペーン

 速水健朗さんが『週刊アスキー』の連載「恋のDJナイト」(8月4日号掲載分)で、航空会社の沖縄観光キャンペーンをテーマにとりあげ、なかでも山下達郎はその常連だったと書いている。

 (引用者注:山下は)'79年の『愛を描いて―LET'S KISS THE SUN』でJALのキャンペーン第1弾を飾っているほか、『高気圧ガール』と『踊ろよ、フィッシュ』はそれぞれ'83年と'87年のANAのキャンペーン曲として採用されている。

 JAL日本航空)についてはわからないが、この時代のANA全日空)の沖縄キャンペーンには、先月22日に亡くなったコピーライターの眞木準*1が深くかかわっている。山下達郎もつい先日、TOKYO FMでの自身の番組(『山下達郎サンデー・ソングブック』)で眞木について触れ、哀悼の意味を込めて「高気圧ガール」をかけていた。
 「高気圧ガール」というと、雑誌『ビックリハウス』の投稿コーナー「御教訓カレンダー」に、「高気圧がある――天気予報」というほとんどひねりのないパロディ(というかダジャレ)が載っていたのを思い出す*2
 が、そもそも眞木自身が、「でっかいどお。北海道。」「おぉきぃなぁワッ」「裸一貫、マックロネシア人」(以上、全日空)、「女はナヤンデルタール」(AGF)、「イマ人を刺激する。」(TDK)、「ホンダ買うボーイ。」(ホンダ)などダジャレすれすれのコピーで知られていたわけで、「高気圧ガール」を「高気圧がある」という意味にとってもあながちまちがいではない気もする。というか、そう考えたほうが、いかにも日本列島にどっしりと高気圧が腰を下ろしているようで、夏らしさを感じるのだけれども。ちなみに、中吊り広告でのダジャレコピーでおなじみの週刊誌『AERA』の名付け親も眞木だったりする(くわしくは同誌の元編集長で現J-CASTニュース発行人の蜷川真夫によるこちらの手記を参照)。
 眞木のダジャレ風のコピーは、しかしそれだけで完結したものではなく、ビジュアルや音楽など広告のほかの要素と組み合わさることによってこそより効果をあげたものと思われる。
 かつて眞木は同い年(1948年生まれ)のコピーライターである糸井重里との対談のなかで、学生時代にデキシーランド・ジャズ・クラブに所属し、トロンボーンを担当していたという体験談を語っている。

 真木 (中略)トロンボーンってのは面白くてさ、メロディ楽器じゃないんだ。メロディの三度下をつけてくわけ。メロディは、トランペットが吹くわけ。で、クラリネットが三度上をつける。だから、いつもサポートしてればいいわけよ。メロディをね。単純なんだよ。基本が七人編成でさ、あと、タイコとピアノとベースのリズムがあって、バンジョーかギターがそれに加わるんだ。
 糸井 しかし、そういう音楽って、ずっとやってると、人格に影響するね。(中略)主旋律の三度下を吹いてサポートする癖みたいなものが、さ。
 真木 ああ、そう。でも、見せ場ってのもあるんだ。ニューオリンズからシカゴにデキシージャズが出ていった時にね、ソロというのが登場した。
 トランペットがワンコーラスずっとやると、オレにも吹かせろっていうのが出てきた、次のワンコーラスをトロンボーンがやったりするわけ。これが、見せ場になる。
 (糸井重里編著『コピーライターの世界』誠文堂新光社、1981年)

 これを聞いた糸井は、眞木の広告への参加のしかたを音楽になぞらえ、カメラマン、イラストレーター、アートディレクター、デザイナーなどほかの職域との「広告演奏」と呼んでいる。

 「十歳にして愛を知った」「でっかいどぉ。北海道」「トースト娘ができあがる」と、(引用者注:眞木のコピーには)どれも見事に「見せ場」がある。そして、なおかつ、ほかの職域ののびのびした演奏を促すだけの包擁(ママ)力がある。
 彼の、トロンボーンにまつわる話がそのまま、彼のコピー制作の方法論であり、信条であると、私には思えてならない。
 (前掲書)

 思えば、山下達郎ともこうしたセンスがあったからこそ良好な関係が築けたのではないか。
 だが、眞木が手がけてきたような、イメージ優先の感性に訴えかける広告はいまやあまり目にしなくなった。航空会社各社のキャンペーンもまた、冒頭にあげた文章で速水さんが指摘しているように、いまでは《早期予約割引やマイレージなど“お得感”を訴求するものに変わっ》ている。ここには、航空運賃の完全自由化(2000年)以降、各社間のサービス競争が激しくなっているという背景もあるのだろう。

*1:訃報を知ったとき、眞木準って浅野温子のダンナだよな、と一瞬勘違いしてしまった。浅野温子の夫はたしかにコピーライターではあるが、まったくの別人(魚住勉)である。

*2:といっても、僕が見たのは『ビックリハウス』での連載開始から約15年分の投稿作品をまとめた『御教訓大全』という本でだが。