Culture Vulture

ライター・近藤正高のブログ

あなたはいま、ニセモノをつかまされている!

 徳島と高知の県立美術館が所蔵し、最近になって贋作の疑いの出ていた油彩画について、「天才贋作師」と呼ばれる画家のウォルフガング・ベルトラッキが「私が描いた作品だ」と認めたという(「読売新聞オンライン」2024年7月21日配信)。

 疑惑の出ている作品のうち、徳島県立美術館が所蔵するフランスの画家ジャン・メッツァンジェの「自転車乗り」は、最近まで京都市京セラ美術館で開催されていた「キュビスム展 美の革命」に出品されており、私も4月末に観て、とくに印象に残った作品の一つだった(その後、疑惑が出て、展示は中止されたようだが)。キュビズムの手法を用いて、やはり当時まだ目新しかったであろう自転車レースを描いたというのが面白いと感じたのである。気に入ったので、絵はがきがあったらほしいと思ったほどだが、たしか物販にはなくてあきらめたのだった。もし、絵はがきが売っていて購入していたら、いまごろ、誰かに「あなたはいま、ニセモノをつかまされている!」とでも書いて暑中見舞い代わりに送っていたのに……あ、いや、これは冗談。

 CNNの昨年のレポート(2023年3月18日配信)によれば、贋作師のベルトラッキの手がける絵は、既存の絵画を偽造したのではなく、亡くなった画家たちのスタイルを巧みに模倣した“オリジナル作品”とのことらしい。制作は夫人と共同で行っていたという。その制作プロセスがまた手が込んでおり、夫婦で模造する絵画を観るため世界中の美術館を回ったり、画家たちの手紙や日記、彼らの作品にまつわる学術研究まで調べ上げ、それで得た情報をもとに、作品に関する偽の歴史をでっちあげたという。

 また、絵画を模造するだけでなく、より本物らしく見せるため、フリーマーケットで古い額縁やキャンバスを入手したり、その作品が年代物だと証明するため、1920年代のカメラを使って見た目の古い写真を撮ったりまでしていたらしい。前出の「自転車乗り」には証明書もついていたというから、それもこのように偽造したものだったのだろう。そこまでするなら、現代アートのやりくちにならって、制作の過程を引っくるめて全部作品ということにすればよかったのではないか、という気もするのだが(実際、ピカソポロックの絵画をサンプリングした作品を手がけるマイク・ビドロのような作家もいるのだから)、別の画家の作品として売ったほうがよっぽど儲かるのだろう。

 Wikipedia英語版には、メッツァンジェの手になる真作「自転車レース場にて(原題:Au Vélodrome)」(1911~12年)の項目があり、画像も載っている。これとベルトラッキの贋作(前出の読売記事の画像参照)とくらべると、贋作に描かれた車輪のほうが躍動感にあふれており、どうも私にはこちらのほうが本物っぽく見えてしまう。まあ、そんなふうに感じてしまう自分は、まさにベルトラッキの思うつぼなのだろうが。

 多くのバイヤーやギャラリーがだまされたというだけあって、ベルトラッキの絵の完成度は高く、美術館にだまされるなと責めるのは酷である。贋作をつかまされてしまった美術館は気の毒と言うしかない。ただでさえ、地方の公立美術館の経営状況はどこも厳しいだろうに、この件で美術作品、とくに20世紀以降の作品の購入に行政側が及び腰になり、予算を充てるのを渋ったりしないか心配になる。今後は、購入前のチェックも従来以上に念入りにならざるをえないだろう。とはいえ、それにしたって限界がある。まさか、買ってもいない絵画の塗料を採取して分析してから……なんてことは無理だろうし。