大衆音楽の見方を変える3冊

 『週刊アスキー』の書評ページ「私のハマった3冊」をここ数年、不定期で担当させてもらっていて、何号分かは同誌のオフィシャルブログにも転載されていたのですが、この9月以降更新がないようです。ちょうど私の担当分ではいちばん新しい回(2011年9月20・27日・10月4日合併号に掲載)でとりあげた本のうち、輪島裕介著『創られた「日本の心」神話―― 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』(光文社新書)がこのたび今年度のサントリー学芸賞(芸術・文学部門)に決まったことですし、ここに転載します。
 『創られた「日本の心」神話』も面白かったのですが、佐藤剛著『上を向いて歩こう』(岩波書店)もまた、戦後日本の大衆音楽史に対する見方をガラリと変える好著でした。坂本九の「上を向いて歩こう」がアメリカで流行した発端を探った章、さらに同曲とビートルズが意外なところでつながっていたことを明かすくだりなど、この夏上京したさい帰りのバスのなかで興奮しながら読んだものです。
 なお下記の転載原稿は、私が編集者に送った時点での完成稿、すなわちオリジナルバージョンです。雑誌に掲載されたものとは表記などが微妙に異なるということをあらかじめお断りしておきます。

 これまで若者の部屋、秘宝館、ヤンキー文化など様々なものにスポットを当ててきた都築響一。その新刊『演歌よ今夜も有難う』では、自前でCDを制作しスナックや健康ランドなどマイナーな場所で歌い続けるインディーズの演歌歌手たちを追っている。そこに登場するのは、78歳にして歌手デビューした芸能界の生き字引がいたり、路上で歌いながら募った食糧を自ら紛争地域へ届ける活動を続けている人がいたりとじつに多彩だ。
 演歌といえばインディーズ、メジャーを問わず、歌手自ら地道なプロモーションを続けながら持ち歌をヒットさせるという売り方が定着している。輪島裕介『創られた「日本の心」神話』によれば、こうした事例の先駆は、1963年のレコード発売から2年をかけて売上が50万枚を超えた一節太郎の「浪曲子守唄」だという。歌の平均寿命は3カ月といわれていたこの時代、このように長期間をかけてのヒットはむしろ異例だったようだ。
 そもそも「伝統的」で「真正な日本文化」だと思われている演歌というジャンル自体、昭和40年代に成立したものにすぎないと、輪島は膨大な事例をあげながら証明してゆく。そのなかで、演歌成立以前のレコード歌謡がいかに雑多な出自(そこには邦楽だけでなく、ジャズなど洋楽の要素も多分に含まれる)を持っていたかが強調される。
 ジャズピアニスト出身の作曲家・中村八大は、当初歌謡曲があまり好きではなかったという。だがそうしたジャンル分けにとらわれず、本当に人を感動させる音楽をつくろうと悟ったところから「上を向いて歩こう」(坂本九・歌)などの名曲が生まれた。佐藤剛上を向いて歩こう』はこの曲のあまたの謎を解くとともに、同曲を世界の音楽史のなかに位置づけてみせる。たとえば中村と作詞家の永六輔コンビによる曲づくりがビートルズのそれとよく似ていたとの指摘は、日本のロック史に変更を迫るものではないだろうか。
  (『週刊アスキー』2011年9月20・27日・10月4日合併号)

演歌よ今夜も有難うー知られざるインディーズ演歌の世界

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創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)

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上を向いて歩こう

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