アーキグラム=ユビキタス建築?

本日をもって上京して丸10年を迎える。10年前のこの日の東京は冷え込みが厳しく、粉雪が舞うほどだったがきょうは朝から快晴。午後から本日が最終日の水戸芸術館での展覧会《アーキグラムの実験建築 1961-1974》(http://www.arttowermito.or.jp/archigram/archij.html)を観に行く。当初は各駅停車で行くつもりが、乗るつもりだった電車に乗り遅れ、結局13時半上野発の特急ひたちに乗ることに(まあ結果的に、特急に乗ったおかげで予定より早く目的地に着き、展覧会をゆっくり観てまわることができたのだが、特急料金2010円はやはり痛かった)。途中車窓から筑波山や、水戸駅の手前で梅が満開となった偕楽園が見えたりと、早春の小旅行をさっそく満喫する。
水戸駅構内で食事をとったのち20分ほど歩き、15時半ぐらいに芸術館にたどり着くと、広場に移動図書館ならぬ移動古書店と、移動カフェの車が停まっていた。どうやらこれは「Traveling Cow Books & 出張お茶サービス社」という展覧会関連の事業らしい。移動古書店には『ポパイ』や『美術手帖』などのバックナンバーや、晶文社の本などが積まれていて、中でも講談社の「現代の美術」という全集の『ポップ人間登場』と『主張するオブジェ』(いずれも編著者は東野芳明)がぼくの心を惹いたのだが、あとでまたじっくり見て買おうかどうか決めようと思い、まずは館内へ入る。実はこの古書店が16時までとはつゆ知らず……。
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今回の展覧会のテーマであるアーキグラムとは、ピーター・クック、デヴィッド・グリーン、マイケル・ウェブ、ウォーレン・チョーク、ロン・ヘロン、デニス・クロンプトンら6人によるイギリスの建築家グループの名称であり、彼らの出していた雑誌のタイトルでもある。彼らの作品の多くはアイデアの段階にとどまった、いわゆるアンビルドの建築であるが、その先見性はいま高く評価されている。今回の展覧会はその活動の全貌をあきらかにする日本で初めての展覧会だという。
アーキグラムの作品が面白いのは、建築という概念を大きく拡張しながらも、同時に解体を行なっているというところだろうか。たとえば「宇宙服はもっともミニマルな住宅とも考えられる」との発想から生まれた「スータルーン」は携帯式の個人用住宅だが、その形態はビニール製のカプセルであり、これを膨らませばいつでも好きなところで暮すことができるというものである。携帯できる住宅という発想は、それまでの建築の概念を大きく打ち破ったといえるだろう。
この「スータルーン」に対して、「マンザック」というカプセル型のリモコン制御式のロボットは、光学距離感知器やテレビカメラ、凹凸感知センサー、バッテリーなどが内蔵され、屋外に放せば家にいながらにして外部の様子を自由に見ることができるという装置である*1。いまふうの言葉でいえばさしずめ、どこにも定住することなくさまよい続けることを可能にする「スータルーン」は、携帯電話だけを持って友達の家やらマンガ喫茶やらファミレスやらを転々しながら生活するプチ家出型の建築であり、一方、定住しながらも外部への遍在を可能にする「マンザック」は引きこもり型の建築ということになるだろうか。そう考えると、両者はユビキタス社会を先どりしたものだともいえる。
アーキグラムはこうしたアイデアを文章や設計図のみならず、ポップで、どこかSFチックなイラストやコラージュで提示した(たとえば展覧会の会場には「カプセル・ホームズ」という近未来の住宅の模型が展示されていたのだが、その内部はどこか彼らの活動時期にちょうど放映されていた『サンダーバード』の指令室を彷彿させた)。このことこそ彼らが「建築界のビートルズ」と呼ばれるまさにゆえんである。
この展覧会のカタログは会場ではすでに品切れになっていたが、4月中には一般書店でも発売される予定だという(ピエ・ブックスISBN:4894444194)。既刊のアーキグラムの本(『アーキグラム鹿島出版会ISBN:4306043924)は惜しいことに全ページモノクロであったが、今回のカタログではカラー図版がふんだんに使われているようなので期待して待つことにしたい。
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結局、展覧会を芸術館の閉館時間である18時までじっくり鑑賞したのち、19時すぎの水戸発上野行きの各駅停車に乗ってのんびり帰路につく。

*1:外部に対して限りなく閉じつつも限りなく開かれたライフスタイルを目指したものともいうべき「マンザック」のアイデアは、ネット社会のいまとなっては恐ろしいほどリアルなものに感じられる。