多摩テックとホンダの企業精神

 多摩テックが先月30日をもって閉園した。
 多摩テックについては、開園から2年後の1963年、当時まだ新進作家だった開高健が『週刊朝日』の連載にて、同じく本田技研の手がけた鈴鹿サーキットとあわせてルポしている。以下、連載をまとめた書籍から引用。

 ほかの遊園地とちがうのは、ここの乗りものがみんな線路に固定されていないことである。(中略)あの手、この手とつぎからつぎへとくりだしてくるお子様向き乗りものが、すべて本物であって、一台、一台に、世界に冠たる国産小型エンジンがとりつけてある。スイッチを入れると、あとは自分の手と足でハンドルを操り、アクセルを踏みかえ、ブレーキを踏みかえして、やっていかなければならない。超小型“スポーツ・カー”のボディーはブリキ板だが、ギアは、りっぱなものだ。ちゃんと三段ミッションになっている。
 大の男が子供のために頭をひねり、精力をかたむけてつくった“本物”ばかりなのである。これらの乗りものは、ほかの遊園地のとちがって、すべて、子供に帰順していないのである。たえず自分の意志で走ろうとし、叛逆の機会を狙い、すきさえあれば逸脱し、操るものを嘲笑しようとしている。これをとりおさえ、右に左にさばき、なだめたり、殺したり、解放したりすること。その快感は圧倒的なものである。
  開高健『日本人の遊び場』(集英社文庫1984*1

 多摩テックの「乗りものがみんな線路に固定されて」おらず、「たえず自分の意志で走ろうとし、叛逆の機会を狙い、すきさえあれば逸脱し、操るものを嘲笑しようとしている」というのは、まさにホンダの企業精神の反映だといえそうである。そう思ったのは、最近読んだ『プリウスvsインサイト』(井元康一郎著、小学館、2008年)にこんな話が出てきたから。
 ホンダとトヨタをはじめ自動車メーカー各社が目下、ハイブリッドカーや電気自動車など石油に依存しない技術開発を進めているのは、将来の“脱石油社会”を見越したうえでの動きだ。
 著者は、脱石油の時代において、社会システムは極度に効率化されたものとなり、人々は移動手段として公共交通機関への依存度を強め、《クルマやバイクといったパーソナルモビリティ(個人が自由に使える移動体)の地位が次第に低下する可能性もある》と指摘する。そしてそれに対する、ホンダの前社長・福井威夫のつぎのような峻烈な意思表示を紹介している。

「今日、依然としてクルマやバイクは行きたいところへ自由に行けて、しかも移動すること自体を楽しくする素晴らしいモビリティです。例えば電車やバスが便利と言いますが、それは大都市だけの話。しかも自分が必要な時に限って来なかったりするでしょう。夜中は走っていないでしょう。何かあるとすぐに止まってしまうでしょう。大量輸送機関の存在意義は大きいですが、それに頼り切る世の中なんてつまらないものですよ。人間はそもそも、自分が移動したいと思ったときに移動できてこそ自由を感じる
  ※強調は引用者による

 福井はさらに、パーソナルモビリティであるクルマやバイクと、公共交通機関との戦いに勝つため、クルマの脱石油、エネルギー効率向上を進め、なおかつ安くて、運転して楽しいクルマをつくりたいと語っている。
 おもしろいのは、この問題に対するトヨタ自動車の考え方がまるっきり反対のことだ。トヨタの副社長・瀧本正民はつぎのように話している。

「将来はパーソナルモビリティ(個人による移動)が次第に衰退し、公共交通機関が主役になると思う。クルマという概念自体も薄れていくのではないか。個人の移動は1人ないし2人乗りの小型車で近距離が主流となり、遠くに行く時には鉄道やバスなどを用いる。社会全体がこうして効率化されていくでしょうね」

 こうしたホンダとトヨタの志向の違いについて、著者は両社の企業精神の違いを交えてつぎのように考察する。

 クルマ作りだけではなく、道路交通政策にも深く関わってきた老舗企業であり、社会基盤全体の中でクルマの位置付けを考え、脱石油に適した形態を的確に模索していこうとするトヨタ。最初から個人の移動の素晴らしさを夢見た四輪最後発のメーカーで、脱石油時代においてもクルマは楽しい乗り物であり続けるべきだと考え、あくまでパーソナルモビリティを発展拡大させていこうというホンダ。脱石油という目標は同じだが、その気質や動機は水と油のようだ。

 思えば、近年、トヨタには公共交通機関、とりわけ鉄道への歩み寄りともいえる動きが目立つ*2
 たとえば2005年にトヨタ豊田市にある本社機能の一部を、東京をはじめ各地へ新幹線で出かけるには便利な名古屋駅前に移転している。また、2006年には、自動車生産用部品の輸送に「トヨタ・ロング・パス・エクスプレス」という専用列車の利用を始めた。まあ、このあたりの動きには、中京財界におけるもう一つの新興勢力、JR東海との関係もおそらく少なからずあると思うのだが……。
 それはさておき、個人的にはどちらかといえば、あまりトヨタが好きではなく、むしろホンダの企業風土に惹かれる私だが、公共交通機関との関係の将来像にかぎってはトヨタのほうに共感を覚える。
 ただ、「近距離はクルマ、遠くへ行くには公共交通機関」という分け方にはやや引っかかるところはあるのだけれども。遠距離のみならず地域における公共交通機関に対して自動車メーカーとしてのアプローチはありえないのだろうか。
  ■
 『プリウスvsインサイト』は、本日(13日)発売の『週刊アスキー』10月27日号の「私のハマった3冊」でも、ヨシナガ編『ハイブリッドワーカー』(アフタヌーン新書講談社)、辻井喬『叙情と闘争 辻井喬堤清二回顧録』(中央公論新社)とあわせてとりあげています。キーワードは、もちろん「ハイブリッド」。
 ハイブリッドカーについてはこの本以外にも関連書が多数出ていますが、とりあえずハイブリッドカーとはなんなのか知りたければ、本書を読めばおおまかなことは把握できるかと思います。コンパクトながら、自動車の歴史におけるハイブリッドカーの位置づけや、モーターに希少な金属や希土類元素を用いているハイブリッドカーはむしろ環境に悪いという専門家による批判までふくめ、かなり深く掘り下げていて読みごたえがありました。

開高健ルポルタージュ選集 日本人の遊び場 (光文社文庫)

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プリウスvsインサイト

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叙情と闘争―辻井喬+堤清二回顧録

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ハイブリッド (文春新書)

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ホンダ・インサイト革命 (アスキー新書)

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ハイブリッドカーは本当にエコなのか? (宝島社新書 297)

ハイブリッドカーは本当にエコなのか? (宝島社新書 297)

*1:現在、同作品は光文社文庫の「開高健ルポルタージュ選集」に収録されている。

*2:鉄道以外の交通機関との関係でいえば、トヨタが建設・経営に深くかかわっている中部国際空港があげられる。