緑雨の出てこない一葉物語なんて

新札発行記念ということで、きょうは『樋口一葉物語』(TBS、内山理名主演)なんてドラマも放映されていた。この手のドラマはだいたい、ドラマを盛り上げたりわかりやすくするために、史実にある程度フィクションが取り混ぜられているのが常だが(事実このドラマでもラストにテロップで断わりが入れられていた)、それでも気になった場面が一つあった。それは津川雅彦演じる森鴎外が一葉宅を訪れる場面だ。この場面で鴎外は、一葉の過去の小説を「泣いたあとの薄ら笑い」と評していたのだが、これって本当は鴎外じゃなくて、斎藤緑雨による一葉評じゃないか! 文学史においては、鴎外や幸田露伴が手放しで一葉を賞賛するのに対して、緑雨が唯一こういう批評をさらりと言ってみせたということが結構ポイントなのに……まあ、演出上の都合で一葉をめぐる作家たちを鴎外一人に集約せざるを得なかったというのはあるんだろうけど、緑雨には思い入れのあるぼくとしては、どうも腑に落ちなかった。
どうせなら、上村一夫の『一葉裏日誌』ぐらいつくり手の想像力を膨らませて描いてくれたほうが、よっぽど面白いのに。何せ、この作品で一葉は、殺人事件の真相を解いていたりするのだ(おまけに一葉の片思いの相手、半井桃水はとんでもない女たらしとして描かれていたりする)。たしかに、いくら父親が警官だったからといって、警察は事件とは何も関係ない女を現場検証にまで立ち入らせてはくれないだろうとか、明治時代の留置場に面会室などあっただろうかとか、ツッコミどころはいくつかあるものの、そんな瑣末なツッコミをねじ伏せるぐらい説得力を持っているのが、この上村作品のすごいところ。このあいだ、久々に読み返したら、改めて圧倒されてしまった(同時収録の「うたまろ」「帯の男」もおすすめ)。

一葉裏日誌 (小学館文庫)

一葉裏日誌 (小学館文庫)