サブカルチャーとタブー

前日のぼくの日記(id:d-sakamata:20041128)に対して、安藤健二さんからさっそくリファ返しをいただく(http://d.hatena.ne.jp/m4n4/20041129)。

この人の日記を漁ってると、サブカル論が熱くて面白い。
http://d.hatena.ne.jp/d-sakamata/20041023

奇しくも、4冊のうち3冊が洋泉社イースト・プレス太田出版と、いずれも80年代に設立された*1サブカルチャー系出版社御三家(いまおれがつけた)から出た本が揃っているし。
(太田出版が84年、洋泉社が85年、イースト・プレスが89年の設立)

飛鳥新社と宝島社と河出書房新社はどーなのよ?と思ったけど、どれも古いし、びみょーにずれてる気がする。イースト・プレスはネット上で流れてる情報をそのまま出版していることが多いせいか、いまいちブレイクしきれてない気がする。
(中略)
乱暴に分類してしまうとスタンスとしての「サブカル」と、文化領域としての「サブカルチャー」は似て非なるものだというのは感じる。書店の人も含めて、俺の本をサブカル本に分類する人は非常に多いのだけど、あの本は調査対象がサブカルチャーなだけで、手法としてはオーソドックスなルポルタージュなので、スタンスとして「サブカル」と誤解されやすい表現をされるのは非常にいやだったりする。

ええと、ぼくがこの三つの出版社を「サブカルチャー系出版社御三家」なんて名づけたのは、まあ単なる冗談にすぎないんだけれども、冗談なりに考えたところはあって、飛鳥新社や宝島社などをサブカルチャー系出版社としての先行世代とすると*1太田出版洋泉社イースト・プレスというのは後進世代になるのではないかなと。実際、太田出版は84年当時太田プロダクションに所属していたビートたけしが、飛鳥新社で自分の著書を担当した編集者を誘ったことから設立された(それまでは太田プロの出版部門でしかなかった)会社だし、洋泉社は宝島社の関連会社として設立された会社という具合に、ちゃんと関連があったりする*2(ただし「御三家」のうちイースト・プレスは、光文社のカッパブックス編集部にいた編集者によって設立された会社なので、ほかの二社とはちょっと事情が違うのだが)。
それにしても、ぼくのサブカル論は読んでいる人からはそんなに熱く見えるのかと知り、ちょっと面映ゆい。実際にはサブカルチャーに属するであろう分野(マンガとかアニメとかゲームとか)には、どっちかというとぼくは疎くて、むしろまわりの友人のほうがくわしかったりするぐらいなのだが。結局ぼくが関心があるのは、サブカルチャーそのものというより、それを語る言葉のほうなのかもしれない。こういうのも「サブカル」的スタンスと言うのだろうか? でも、「サブカルライター」なんて名乗りたくないし、他人から呼ばれるのもいやだなあ……。
あと、安藤さんの日記で興味深かったのは次の箇所。

サブカルチャーの領域はあまりジャーナリスティックに扱われることがほとんどなかったために、業界のタブーである事象とかは誰も触れることがなく秘密のベールに覆われていることが往々にしてあるということだ。

その点については、創刊当初の『Quick Japan』なんかは、わりとジャーナリスティックにサブカルチャーを扱って、タブーに挑戦しようとしていたように思う。大泉実成氏の「消えたマンガ家」などは、その顕著な例だといえるだろうし*3。それでもまだまだサブカルチャーの領域(あるいはオタクの領域)というのは色々とタブーがあるんだなー、というのが『封印作品の謎』を読んで一番印象に残ったことである。

*1:ちなみに飛鳥新社の設立は1979年。宝島社はJICC出版局として70年に創業、74年には晶文社から引き継いで『宝島』の発行を始めた(宝島社と改称するのは93年)。

*2:ほかにも「70年代設立の先行世代―80年代設立の後進世代」というふうに関連づけられる出版社としては、白夜書房(75年設立)とコアマガジン(少年出版社として85年に設立)があげられるのではないかと。

*3:ただ、あの連載もちばあきおの死因が自殺だったことをあえて明言しなかったり、大泉さんのやさしさゆえか、わりと肝心なところをぼかしてしまうことも時々あった。まあ、デビュー作『説得』で、エホバの証人に潜入ルポした際、最後に取材だということを信者たちに明かしたりするとか、そういう大泉さんのやさしさはぼくはけっして嫌いじゃないですけど。