「スティーブ・ジョブズのシンプル思考と禅の思想」参考文献紹介

PRESIDENT (プレジデント) 2012年 10/29号 [雑誌]

PRESIDENT (プレジデント) 2012年 10/29号 [雑誌]

 ちょっと発売から時間が経ってしまったけれども、『プレジデント』10月29日号掲載の拙記事「スティーブ・ジョブズのシンプル思考と禅の思想」で参考にした本を紹介したい。
ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ

ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ

 まずはこの本を。ケイレブ・メルビー原作、ジェス3作画によるアメリカンコミックス。単なる伝記マンガではなく、ジョブズとその禅の師である乙川弘文(おとがわ・こうぶん)との交流に焦点を絞って、ジョブズの人生を描く。今回の記事のテーマそのまんまのタイトルということでさっそく入手したのだが、参考にした本のなかでもいちばん面白く、コミックということもありとっつきやすかった。

 物語は1985年、ときのCEOジョン・スカリーとの対立からアップル社を飛び出したジョブズが、新たに設立したNeXTでコンピューターをつくるにあたり、「間」について学びたいと師のもとを再訪する場面から始まる。

 作中、アメリカで禅の布教活動を行なった曹洞宗の僧侶・鈴木俊隆(しゅんりゅう)について、ジョブズが《あいつのやり方は最低だった》と難じる場面が出てくる。鈴木がカリフォルニア州ロスアルトス市に開いた「俳句禅堂」を《締めつけばかりで、あそこはまるで軍の基地みたいだった》とまで批判するジョブズに対し、乙川は《あのガレージは、その後、私の禅堂になった。それにしても、君だってガレージから出発したのに、ずい分な言い方じゃないか》となだめる。セリフにも出てくるように「俳句禅堂」は信徒の家のガレージを利用したものであり、続く「君だってガレージから出発したのに」というセリフは、ジョブズがアップル社設立後(1976年)しばらく自宅ガレージを仕事場に使っていたことを指している。もっとも、本書巻末の解説などを読むと、「俳句禅堂」は地元の嘆願を受けて乙川が開設したもののようだし、そもそも鈴木とジョブズが直接会ったという事実は、さまざまな文献をあたったかぎりどうもないと考えたほうがよいようだ。

 ただ、そうした「嘘」も含めて本書は面白い。だいたいあとがきで原作者のメルビーが語っているように、ジョブズと乙川が2人きりのとき、実際に何があったのかなどわかりようがないわけで、そのあたりは想像をふくらませて描くしかない。それでもコミックに描かれた両者の交流は、妙にリアリティを感じさせる。とりわけ、「間」についてジョブズが乙川の導きにより悟ったシーンに一見開きだけ、後年のiPod開発の場面――ジョブズはそこで、スタッフよりiPodの操作ボタンのデザイン案(ホイールのなかにすべてのボタンが収められている)を受け取り《すっごく良い……》と感嘆する――が挿入されているのが印象的だ。

 本書にはさらに、乙川弘文の生涯を紹介した短文のほか、原作者メルビーへのインタビュー、作画を担当したグループ「ジェス3」によるメイキングなどが収められている。

※原書はこちら

The Zen of Steve Jobs

The Zen of Steve Jobs

禅と林檎 スティーブ・ジョブズという生き方

禅と林檎 スティーブ・ジョブズという生き方

 駒澤大学学長の石井清純が監修、同大学教授で長野県伊那市の常圓寺の住職・角田泰隆が編集を担当。2部構成で、第1部では「ジョブズから学ぶ生き方」と題して、ジョブズの言動を通じて禅と仏教の教えを講じる(角田のほか駒大の院生らが執筆)。続いて「日本の禅から世界のZENへ」と題する第2部では、ジョブズと禅の関係のほか、鈴木大拙の活動から始まったアメリカでの禅の受容について石井が解説している。禅の経典や曹洞宗の開祖・道元の著書からの引用も多く、禅の入門書としてもうってつけ。

禅マインド ビギナーズ・マインド (サンガ新書)

禅マインド ビギナーズ・マインド (サンガ新書)

 ジョブズの青春時代のバイブルだったという禅の入門書。親本は2010年に刊行、ジョブズの没後、今年に入って新書版が刊行された。くだんの記事にも書いたとおり、平易な言葉で語りかけるように書かれた本書は、きわめて具体的で実践的な禅の入門書だ。

 たとえば、「コミュニケーション」という章では、坐禅をする理由として鈴木俊隆は「直接の経験として実在を把握すること」をあげている。ここでいう「実在」とは、「今、ここにおける、一瞬一瞬のありのままの姿」を指す。その後、次のように解説は続いている。

 実在を直接に経験し、あなたの師や仏教でいわれているいろいろな言明を、その本当の意味で理解できるのは、禅の修行においてのみです。厳密にいえば、実在について語ることはできません。しかしあなたが禅を学ぶ人であれば、師の言葉を通じてそれを直接に理解しなければなりません。
 師の直接の発言とは、なにも言葉だけとは限りません。その行動で、自分自身を示すこともあります。禅では、私たちは、態度、あるいは行動に重きをおきます。行動といっても、ある特定の場合に、どのようにふるまうべきか、といったことではありません。むしろ、自分自身のもっとも自然な表現をさすのです。私たちは、率直さを重視します。自分の感情、自分の心に正直になり、なにも隠さずに、自分自身を表現すべきです。このようにすれば、聞いている人はもっと容易に理解することができるでしょう。

 「自分の感情、自分の心に正直になり、なにも隠さずに、自分自身を表現」という一文からはやはりジョブズを思い出さずにはいられない。
 ジョブズの死後、アップルの元社員である松井博は彼について「机上の空論ではなく、あくまで自分の体で製品のあるべき姿を探っていく人でした」と証言していた(『スティーブ・ジョブズ100人の証言』朝日新聞出版)。語りえないものを、言葉ではなく行動によって示す。この証言からもそれはうかがえるのではないだろうか。

スティーブ・ジョブズ 100人の証言 (AERA Mook)

スティーブ・ジョブズ 100人の証言 (AERA Mook)

 このほか記事を書くにあたっては、ジョブズの生前よりあまた出ていた彼の伝記類もかなり参照している。そのうち没後刊行された本人公認の伝記『スティーブ・ジョブズ』はもちろん重要な文献であるが、日本人の著者による『ジョブズ伝説』はその人生、業績をコンパクトにまとめられていてとっつきやすい。

スティーブ・ジョブズ I

スティーブ・ジョブズ I

ジョブズ伝説

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スティーブ・ジョブズは何を遺したのか (日経BPパソコンベストムック)

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スティーブ・ジョブズの王国 ― アップルはいかにして世界を変えたか?

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スティーブ・ジョブズ名語録 (PHP文庫)

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スティーブ・ジョブズ 驚異の伝説 (PHP文庫)

スティーブ・ジョブズ 驚異の伝説 (PHP文庫)

 禅関連ではひろさちや『すらすら読める正法眼蔵』をとくに参考にした。道元の『正法眼蔵』は難解といわれるが、これは仏教書というより一種の哲学書であるとの解釈には、わからないながらにもうなづけた。

すらすら読める 正法眼蔵

すらすら読める 正法眼蔵

日本の名著〈7〉道元 (1974年)

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正法眼蔵〈1〉 (岩波文庫)

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正法眼蔵随聞記 (岩波文庫)

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 なお拙稿を含む『プレジデント』の特集「人生が変わる仏教入門」は、笑い飯の哲夫氏が登場していたり、「僧職系男子」をとりあげたりと非常にふり幅の広いものとなっている。ぜひ、書店やコンビニ等でお手に取って確認していただきたい(今週末には最新号が出るので店頭からは消えてしまいますが、ネット書店で取り扱っているほか、プレジデント社のサイトからも注文できるようです!)。