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ライター・近藤正高のブログ

紙吹雪から計る「英雄度」――ニール・アームストロング記事余談

さて、「cakes」のアームストロングの記事では、あれこれとネタを集めたものの、結局原稿には反映できなかったものもあります。たとえば、「紙吹雪から計る『英雄度』」というネタ。これは、アメリカ史研究者である松尾弌之の『アメリカン・ヒーロー』(講談社現代新書、1993年)に出てくる話を踏まえたものです。同書によればアメリカの「英雄度」はゴミの量で表現できるといいます。ここでいうゴミとは、帰還した英雄たちを迎えるパレードでまかれる紙吹雪のこと。パレードはたいていニューヨークのウォール街を通過し、紙吹雪はそのとき周囲の高層建築の窓からまかれます。

史上最大量の紙吹雪がまかれたのは1927年、ニューヨーク〜パリ間の大西洋無着陸横断飛行に成功したチャールズ・リンドバーグの凱旋パレードでした。このときじつに500万人が集まり、1800トンの紙吹雪が舞ったといいます。さらに第二次大戦後の1962年には、アメリカ初の地球周回飛行に成功したジョン・グレンをはじめとするマーキュリー計画の宇宙飛行士たちの歓迎パレードでは、1000トンの紙吹雪がまかれたそうです。「マーキュリー・セブン」と呼ばれた彼らの軌跡を追ったトム・ウルフのノンフィクション『ザ・ライト・スタッフ』(中公文庫、1983年)にはこのときの様子として、ときどき紙切れが彼らの顔に舞ってくることがあり、よく見ると電話帳をちぎったものだった――という描写が出てきます。

それはともかくとして、リンドバーグとマーキュリー・セブン、なかでもジョン・グレンアメリカ史上に残る英雄であることに間違いはありません。その紙吹雪の量も妥当といえます。では、グレンたちから7年後、1969年8月に行なわれたアームストロングらアポロ11号の宇宙飛行士たちのパレードはどうだったのでしょうか? 前出の『ファーストマン』によれば、このとき400万人とリンドバーグのとき並みの人々が集まったといいます。IBMの社屋からはパンチカードの破片がまかれたというのが時代を感じさせます。

ただ、紙吹雪はそれほどの量ではなかったらしい。『20世紀全記録』(講談社、1986年)には、この2カ月後に行なわれたあるパレードについて、アポロ11号の宇宙飛行士のパレードより4倍の1200トンもの紙吹雪が舞ったとの記述が出てきます。ということは、アポロ11号のパレードでの紙吹雪の量は300トンと、マーキュリー・セブンのときの3分の1以下しかまかれなかったことになります。

それにしても、アポロ11号のときの4倍もの紙吹雪が舞ったパレードとは何だったのか。それは、MLBニューヨーク・メッツの優勝パレードでした。球団創設から7年で最下位5回という弱小チームだったメッツでしたが、この年初めてリーグ優勝とワールドシリーズ制覇という快挙を達成したのです。

もっともこの数字から、アームストロングたちよりもメッツナインのほうが英雄であるとはいえません。しかし当時のアメリカ人の心情というか時代背景みたいなものをうかがうことは可能かと思います。

1969年といえば、アメリカはすでにベトナム戦争の泥沼にはまって久しく、国内にも反戦厭戦ムードが漂っていました。アポロ11号の月着陸のさいには、ベトナムで戦う兵士たちのなかには、自分たちよりも3人の宇宙飛行士の命が気遣われていることに違和感を訴える声もあがりました。

そのような時代にあって、かつての強くて輝かしいアメリカのいわば忘れ形見であるアポロ11号よりも、メッツの優勝パレードのほうがより派手に歓迎されたのは、妙に腑に落ちたりもします。あるいは国家プロジェクトよりも地元球団の優勝をとるような、トム・ウルフのいう「ミーイズム」の時代の幕開けをそこに見ることも可能なのではないか……。この2つのパレードから、わたしはついそんなことを考えてしまうのでした。

アメリカン・ヒーロー (講談社現代新書)

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20世紀全記録(クロニック)

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ザ・ライト・スタッフ―七人の宇宙飛行士 (中公文庫)

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ライトスタッフ [DVD]

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