『ムー一族』に垣間見えた近田春夫の批評性

 日経ビジネスオンライン連載「日刊新書レビュー」に、僕の書いた小林竜雄著『久世光彦vs.向田邦子』(朝日新書)の書評がUPされました。ご一読いただければ幸いです。
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 この原稿を書くにあたって参考のため、『ムー一族』など久世光彦の手がけたテレビドラマのDVDを何本か見た。『ムー一族』では、主役一家の長男役の清水健太郎と恋仲になるのが「一条さゆり」(同姓同名のストリッパーがいた)だったり、郷ひろみのガールフレンドが「里中マチコ」(漢字こそ違え少女マンガ家と同名)だったり、さらには左とん平の役名が「野口五郎」だったりと、そのネーミングセンスにまず笑わされた。
 そういえば、新御三家のうち、西城秀樹は『寺内貫太郎一家』、郷ひろみは『ムー』『ムー一族』というぐあいに久世光彦の手がけるドラマに出演しているのに、なぜか野口五郎だけは出ていない。ただし、野口は同時期のバラエティ番組『カックラキン大放送』で、研ナオコ演じるナオコおばあちゃんとコントをしており(って、僕はリアルタイムでは全然知りませんが)、思えばあれは『寺内貫太郎』の西城と樹木希林(当時は悠木千帆)演じるキンばあさんを踏襲したものだったのかも……という気もしてくる。
 ところで『ムー一族』には毎回「ムー情報」という、ドラマの本筋からは外れたコーナーがあって、これにMCの一人として若き日の近田春夫が出演している(近田はドラマのなかでも全裸になって登場するなど、やたらと体を張っていた)。で、ある回の「ムー情報」でのこと。このときは生放送(このドラマでは月1回のペースで生放送が試みられていた)で、当時TBS専属の野球解説者だった牧野茂をゲストに、当時ジャイアンツ入団をめぐる渦中にあった江川卓(その騒動の詳細はこちらを参照)について話題がおよんだ。そこで近田が、「江川に対する世間の反応がやたらモラリスティックになっている」「そもそもプロ野球はカネ儲けてナンボの世界なんですから」といった主旨のコメントをしていて、感心させられた。江川バッシング華やかりしこの時期にあって、そんなことをマスメディアで発言する日本人はおそらくほとんどいなかったと思われるからだ。近田といえば、当時すでに雑誌『ポパイ』などで歌謡曲評論を始めていたはずだが、久世がその批評性を見抜いた上で彼を起用していたとすれば、慧眼というしかない。
 ところで、「ムー情報」の舞台となる甘味処の「赤兵衛」という店の名前は、クレジットは出ていなかったもののおそらく黒鉄ヒロシの同名マンガからとったものだろう。ついでにいえば、このコーナーに着ぐるみや置物として登場するタヌキのキャラクターも黒鉄デザインだと思われるし、店主の夫人の「ヒミコ」という名もやはり黒鉄作品の『ひみこーッ』からとったものではなかろうか。

久世光彦vs.向田邦子 (朝日新書)

久世光彦vs.向田邦子 (朝日新書)