書評:『カフーを待ちわびて』原田マハ著

 永井荷風の小説『濹東綺譚』。映画監督の新藤兼人は1992年、この小説を原作に、さらに荷風の日記である『断腸亭日乗』のエッセンスを盛り込んで同名の映画を手がけている。本作はこの新藤監督版『濹東綺譚』(以下、新藤版と略)へのオマージュから書かれたものだ。
 本作は、新藤版と同様、荷風と東京・玉ノ井遊郭の娼婦・お雪を中心に物語が展開される。ふたりの出会いは、昭和11年(1936)、荷風57歳のときだった。お雪の純情さに惹かれた荷風は、彼女のもとへ熱心に通いつめる。親子ほども離れた年齢、そして境遇もまったく違ったが、やがて荷風はお雪に結婚の約束をする。そんなふたりを昭和20年の東京大空襲が引き裂いた。このとき別れ別れになって以来、彼らは二度と会うことはなかった。
 お雪は荷風と会わなくなってからしばらくは、彼のことをすっかり忘れていた。昭和27年に荷風文化勲章を受章した際、それを伝える新聞記事をたまたま目にして、ふとかつての“あの人”のことが頭をよぎったものの、人違いだろうとやりすごしてしまう。彼女にとって“あの人”は、文豪永井荷風ではなく、あくまでも市井の一紳士だった。それゆえに後年、荷風の訃報(昭和34年のことだ)と接したときも、それを“あの人”の死とはとらなかった。
 そんなお雪だったが、40をすぎたあたりから、かつて結婚の約束までした荷風の存在が、いまさらながら自分にとってかけがいのないものであったことに気づき、あらためて思いをつのらせていく。本書のタイトルは文字どおり、そんな彼女の気持ちを表わしたものであることはいうまでもない(なお、ここで荷風ではなくカフーとカタカナ表記になっているのは、荷風という文豪と、お雪の心に生き続ける紳士とを区別するためだと思われる)。
 ただ、そんなお雪の過去への執着とはうらはらに、昭和33年の売春防止法施行による玉ノ井遊郭の廃止、さらには高度経済成長の到来にともない、彼女の暮らす下町も急速に変貌をとげていく。本作でなにより特筆すべきは、そういった時代や町の変化とお雪の心理とをうまくからめた描写である。このような描写を通して、彼女にとってカフーが、失われつつある東京下町を体現する存在として立ち上がっていくさまがありありと感じられた。
 ところで本作は今年(2009年)、中井庸友監督によって映画化された。主演は、かつて新藤版『濹東綺譚』でお雪を演じたのと同じく墨田ユキである。当時、映画公開と前後してヌード写真集も刊行し人気を博したものの(当時映画は観られなかったものの週刊誌などで垣間見た墨田の裸身は、十代だった私にも少なからぬ衝撃を与えたものだ)、その後ひっそりと芸能界をしりぞいていた彼女にとって、じつに17年ぶりの映画出演ということになる。すでに45歳となった墨田だが、その色気は健在どころかいや増しており、われわれ往年のファンを魅了してやまない。とりわけ、彼女が待てど暮らせど現われぬカフーを思いながら自慰に耽るシーンは必見である。
 なお、著者はついさきごろ、本作の姉妹作として長編小説『カフカを待ちわびて』を上梓した。こちらは、カフカの諸作品やベケットの『ゴドーを待ちながら』をはじめ20世紀文学のエッセンスをあちこちにちりばめた意欲作となっている。ぜひこの機会にあわせて読まれることをお薦めしたい。(2009年8月)
※本日は4月1日です!

カフーを待ちわびて (宝島社文庫)

カフーを待ちわびて (宝島社文庫)

墨東綺譚 [DVD]

墨東綺譚 [DVD]