「エキゾチック・ジャパン」をもう一度

ところで現在、JR西日本「DISCOVER WEST」というキャンペーンを行なっているが、よく考えてみるとこれは先にあげた「ディスカバー・ジャパン」と「ひかりは西へ」、それに「いい日旅立ち」と、国鉄が70年代に展開した三つのキャンペーンの焼き直しなのだ。しかしこれらのキャンペーンが、特に「ディスカバー・ジャパン」に顕著だったように、ポスターに出てくる風景の地名を伏せるなど徹底して旅のイメージを抽象化して提示してみせ、それまでの観光キャンペーンとは一線を画したのに対し、現在の「DISCOVER WEST」では、テレビCMにしまなみ海道など具体的な地名や旅人として女優の竹内結子が出てくるなど、固有名が提示されることで単なる観光キャンペーンに堕してしまっている。
一方これもまた現在展開中のキャンペーンであるJR東海「AMBITIOUS JAPAN!」は、国鉄が84年に行なったキャンペーン「エキゾチック・ジャパン」のリメイクだとする見方もあるようだ(参照)。しかしリンクしたサイトで言及されているCMソングはともかく、キャンペーンの性格そのものについていえば両者はあくまでも語感が似ているだけにすぎない。そもそも「AMBITIOUS JAPAN!」は、「エキゾチック・ジャパン」や「ディスカバー・ジャパン」のように人々を旅へといざなう類いのものではないという点で大きく違う。
それにしても「ディスカバー・ジャパン」が、同時期の富士ゼロックスのキャンペーン「モーレツからビューティフル」とともに日本の広告史のエポックとしていまでもとりあげられることが多いのに対して、「エキゾチック・ジャパン」についてはいまでは語られたりすることがあまりないように思う(ちなみにGoogleで検索をかけると前者が1860件、後者が4700件と、意外な結果が出るのだが。しかし国鉄という語とあわせての検索では前者が480件、後者が208件と結果は逆転する)。やはり国鉄末期*1のキャンペーンであり、所詮は「ディスカバー・ジャパン」の焼き直しにすぎないととらえられているからだろうか。CMに使われた郷ひろみの「二億四千万の瞳 ―エキゾチック・ジャパン」はヒット曲となり、いまでもカラオケでよく歌われているというのに。
そもそも「エキゾチック・ジャパン」というキャンペーンのタイトルは、そのポスターに添えられた「いま日本はどきどきするほど刺戟的だ。」「高野山でインドの神々にあった」などといったキャッチコピーとともに五木寛之が手がけたものである。五木はこのタイトルの当初のコンセプトについて中沢新一との対談でこんなことを語っている。

中沢 でも、僕は、「高野山でインドの神々にあった」という国鉄のコピーには、すごい日本浪漫派批判を感じましたよ。ふふふ。
五木 その話はカンベン。(笑)あえて言えば、ちょうどその頃、中曽根さんがこれからは二つのことを柱にする、一つは軍備をきっちりやる、二つ目は日本固有の文化というのをきっちりと確立する、そう言い出した時期でね、僕は、それに腹が立ってしようがなかった。日本固有オリジナル・ジャパンの文化って、そう簡単に言って欲しくないっていうか。中曽根さんは何をさして、日本の固有のものと決めるのか、と。結局は、ビューティフル・ジャパンってことでしょ、あの人の言うのは。で、僕は、中曽根さんの演説に対して、ちょっとイタズラしてやろうと思ってね、最初「グロテスク・ジャパン」というのはどうですかって言ったんですよ。(笑)そしたら、友達がそれじゃお客さんが来ないって言う。
中沢 水木しげるの世界だもんね。
五木 だから、あれ、僕としては精一杯のユーモアのつもりなんだけど、そのユーモアはコマーシャルとなった瞬間に、つまり国鉄なら国鉄のキャンペーンの中に入ってしまうと、とたんにシリアスなものになっちゃう。もちろんわかりきったことだけど。でも、日本固有の文化というのを中曽根さんは非常に浅いところでとらえている。簡単に言うと、靖国法案を通そう、国家宗教を確立しよう、ということですからね。
(『広告批評1984年4月号)

時の首相・中曽根康弘はこの当時すでに国鉄を分割民営化する方向で進めていたわけで、そう考えるとこのキャンペーンは中曽根政権に対する国鉄の精一杯の抵抗ととらえることもできるかもしれない。しかし五木自身が認めているように、どんな意図を込めようともそれがコマーシャルになった瞬間にシリアスなもの……いまふうの言葉でいうなら「ベタ」*2なものとして受け取られることはまぬがれない。純粋な日本文化などけっしてありえず、様々な異文化が混ぜ合わさったものこそ日本の文化であり、そのような面を日本各地の風土や習俗から見出そうというのが、五木が「エキゾチック・ジャパン」というフレーズに込めたものだったはずだが(おそらくこれにはその数年前に松岡正剛が提唱し、ひそかなブームとなった「ジャパネスク」などの影響もあるのではないか)、しかし二度のオイルショックを乗り越え、世界でもっとも成功した国だという優越感にひたっていた当時の日本人は、外国人(より正確にいえば西欧人)的な視点から異国として日本を再発見しようというメッセージをこのキャッチフレーズから読み取ったのではないか。それはいわば自国に対するオリエンタリズムというかなり屈折した視点であり、中曽根康弘のいう「日本固有の文化」なる幻想とさして変わらないものだろう*3
いや、実のところもはやそんなふうに本気に受け取った人はごく少数派で(そう、それこそ中曽根康弘ぐらいで*4)、多くの人々、特に若い世代にとってこのフレーズは「エキゾチック・ジャパン(笑)」という具合に笑いの対象でしかなかったのではないか。その証拠に、先にあげた郷ひろみの「二億四千万の瞳」はいまだにカラオケでウケを狙う際の定番ネタとなっている。ひょっとしたら、浅田彰あたりが最近しきりに嘆いている「J回帰」とは、郷ひろみが「ジャパァ〜ンッ!」とあの歌の中で叫んだ瞬間に始まったのかもしれない。
それにしても、先に引用した対談の中で五木寛之が語っているように、当初は「エキゾチック・ジャパン」ではなく「グロテスク・ジャパン」*5というフレーズが提案されていたというのは興味深い。あれから20年が経ったいま、JRが大々的にキャンペーンを張るとしたら、「エキゾチック・ジャパン」よりも断然「グロテスク・ジャパン」のほうがぴったりくるのではないだろうか。そこでポスターに使われるのは風光明媚な日本の風景ではけっしてない。秘宝館だったりディズニーランド風デザインの公共施設だったり、文字通り「グロテスク」としかいいようのない、それでいてありふれたいまの日本の風景である。もちろんその際にはぜひ、監修といった役どころで、都築響一大竹伸朗、あるいはみうらじゅんといった面々を起用していただきたい。

*1:自民党の某議員は、「エキゾチック」を聞き間違えて、赤字経営を続ける国鉄が「駅増築」とはけしからん! と怒ったらしい(参照)。

*2:ちなみにわたしは社会学的な議論の中で「ベタ」「ネタ」という言葉を使われることに違和感を覚えます。だいたい学者先生がこうした芸人の楽屋言葉を使うのは、一種の搾取じゃありませんか? 気をつけないと、また小林信彦に怒られますよ。あの人にとっては、「ボケ」や「ツッコミ」という言葉が日常会話の中で使われることすら許しがたいことみたいですから。

*3:実はタイでも政府による観光プロモーションで「エキゾチック・タイランド」というスローガンが使われていたりする。これは外国人向けという点で、「エキゾチック・ジャパン」よりももっと露骨に西洋人からのまなざしを意識したものだといえるかもしれない。

*4:そう考えると、中曽根首相にとっての「エキゾチック・ジャパン」は、彼の盟友で当時の米大統領レーガンにとっての「ボーン・イン・ザ・USA」と似たようなものなのかもしれない。この年(84年)、二選を目指して大統領選に臨んだレーガンは選挙戦中に、アメリカに生まれたことを絶望的に皮肉ってみせたブルース・スプリングスティーンのこの曲をとりあげ、何を勘違いしたのか「アメリカの未来はブルース・スプリングスティーンの歌の中にある」と発言している。

*5:そういえばこれって、井上章一の著書のタイトルでもあったっけ。あれは海外で日本的なキッチュを探すという内容の本だったけど。