清水一行が今月15日に亡くなった。23日の7時のNHKニュースでは、死因は老衰と伝えられていたが、79歳で老衰とはちょっと若い気もするが……。
- 作家の清水一行さん死去 経済小説の第一人者(『中日新聞』3月23日)
それはともかく、清水一行といえば、1975年に日本推理作家協会賞を受賞した出世作『動脈列島』(1974年12月に光文社「カッパ・ノベルス」から刊行され*1、現在は徳間文庫に収録されている*2)がどうしても思い出される。個人的に、現在書いている本との関係で同作についてはちょっと調べてみたことがあるので、そこで気づいたことや、同作を原作にした映画版について以下に書いておきたい。
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清水一行の原作と、その映画版(増村保造監督、1975年)との最大の違いは田中角栄(をモデルにした首相・桶野春吉)が出てこなかったこと。
原作も映画も、新幹線の騒音公害解決のため要求を並べ立て、それが実行されなければ走行中の列車を転覆させると警告する“実行者”(映画で演じたのは近藤正臣)が、政府や国鉄、そして捜査を行なう警察(捜査の中心となったのは犯罪科学研究所の副所長。映画では田宮二郎が演じた)を引っ掻き回すというおおまかなところでは変わらない。だが原作において、“実行者”の行動には、新幹線公害を拡大するものとして首相が進めていた「全国新幹線網計画」に対する批判も込められていた。
もちろん、映画公開は角栄退陣(74年11月)のあとなので当然といえば当然だが、作中で新幹線転覆のために用意された「無線ブルドーザー」(無線により遠隔操作する)には本来、「コンピュータ付きブルドーザー」と称された角栄への意趣返しという意味が込められていたのではないか。そう考えると、映画版にブルドーザーが出てくる必然性は、原作とくらべるとやや薄まっているような気がする。
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なお、原作の刊行に先立ち、1974年の3月には、名古屋市内の東海道新幹線沿線の住民たちの結成した「名古屋新幹線公害訴訟原告団」が、国鉄に対し新幹線の騒音や振動の禁止などを求めて名古屋地裁に提訴していた。原告の住民と国鉄のあいだで和解が成立するのはそれから12年後、1986年のこと。
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ちなみに、新幹線妨害をたくらむ主人公の実家は、原作では岐阜県の美濃になっているが、映画版では愛知県額田郡になっている。
ネットで調べていたら、ロケ地を探訪した人のブログも見つけた(ここから見られます)。坂野坂トンネル、行ってみたい!
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『動脈列島』と同年に公開された『新幹線大爆破』では、運転台で運転士がコーヒーを飲んでいたり(これ、服務規程違反じゃないか?)、2つの列車が同方向へ並行して走ったり*3とか、実際にはありえないと思われる設定が見られた。
これに対して、『動脈列島』にはそういう無理やりなところがあまりない。新幹線初の脱線事故である鳥飼事故(1973年)をヒントにしたと思われる場面もあったりと、清水が執筆にあたりかなり調べたことがうかがえる。
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『動脈列島』の映画製作にあたっては、74年12月に原作の清水と企画・制作の東京映画とのあいだで契約が結ばれたものの、完成・公開までには紆余曲折があり、一時は企画じたいがお蔵入りになりかけた。これは、配給元の東宝が「こういう映画をつくって、まねする者が出ては困る」と横槍を入れたため。東宝からしてみれば、グループ会社である阪急への配慮もあったのだろう。これに対して、すでに東急とは関係の切れていた東映ではあっさり『新幹線大爆破』の企画が通った。
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企画が通ったのちも、なかなか撮影協力が得られずロケは難航。愛知県警には、アクション映画ならいくらでも協力するが、『動脈列島』に関しては協力しないと断られたという。愛知県にとって新幹線公害はタブーだったためである。日本道路公団と小田急は、国鉄と関係があるとの理由から撮影を許可しなかった。これについて監督の増村は制作後のスタッフ・キャストによる座談会(『キネマ旬報』第665号、1975年9月上旬号)で、「国鉄って、まだなかなか偉いんですね。(笑)」と皮肉っている。「まだ」というのは、当時国鉄は経営悪化とそれにともなう運賃値上げや大規模ストライキの頻発によって、国民のあいだで評判がガタ落ちになっていたためだろう。なお結果的に、名神高速道路や小田急の駅構内でのシーンは、すべてゲリラ撮影されることになった。
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原作に対する評論を探してみたのだが、私の調べ方が足りないのか、尾崎秀樹による書評(「今週の話題作」『週刊小説』1975年4月11日号)しか見つからなかった。書籍に収録されたものでもかまわないので、この本をとりあげた記事があれば教えていただきたい。
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同時代にテロリストを主人公とした映画としては、『ジャッカルの日』(フレッド・ジンネマン監督、1973年)がある。先述の『キネ旬』の座談会でも、プロデューサーの白坂依志夫が、『ジャッカルの日』は大変参考になったと発言している。ただし白坂は、フレデリック・フォーサイスの原作は面白かったが、映画はあまり面白くなく、その轍を踏むのはちょっとまずいと思ったともいい、さらに「参考にしたことはしたけれど、それだけの話で、決して『ジャッカルの日』ではないです、これは」と断りを入れている。
『ジャッカルの日』では、フランス大統領だったド・ゴールがテロリストの標的とされるが、日本映画である『動脈列島』『新幹線大爆破』ではそれが新幹線になるというのが、なんとも興味深い(けっして総理大臣、ましてや天皇ではないのだ!)。
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余談ながら、田中政権下の1973年に建設の決まったいわゆる整備新幹線のうち、東北新幹線の盛岡〜新青森間は今年末、九州新幹線の鹿児島ルート(博多〜鹿児島中央間)は来年春にも全線開通の予定である。また、かつて公害の発生源となった新幹線は、いまや「エコ」をアピールポイントに盛んに広告されている。隔世の感を抱かざるをえない。
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*1:「カッパ・ノベルス」は前年の73年には小松左京『日本沈没』という大ベストセラーを出していた。
*2:その後確認したら、絶版重版未定になってた……。双葉文庫「日本推理作家協会賞受賞作全集」にも収録されているようだが、これも入手困難っぽい。
*3:列車本数の多い日本の新幹線では、複線としての運用を前提としつつ、緊急時などにさいしては単線に準じた形態にできるようなシステム――「双単線」や「単線双方向」などと呼ばれる――は採用されていないため、このように列車を走行させることはちょっと無理ではないかと思う。ただし、営業上、単線双方向をやらないだけで、隣接した線路をつなぐ渡り線はあるはずだから可能との見方もあったり(この掲示板の書き込み#1137194や#1137256を参照)、鉄道ファンのあいだでも意見が割れているっぽい。